高松高等裁判所 昭和58年(ネ)316号 判決 1984年2月29日
昭和五二年(ネ)第一五六号事件控訴人、
昭和五八年(ネ)第三一六号事件反訴原告…以下、控訴人という…
津島商事株式会社
右代表者
津島英昭
右訴訟代理人
大西周四郎
昭和五二年(ネ)第一五六号事件被控訴人、
昭和五八年(ネ)第三一六号事件反訴被告…以下、被控訴人という…
洲崎芳隆
右訴訟代理人
高村文敏
久保和彦
金澤隆樹
主文
一 原判決中、控訴人と被控訴人関係部分を取り消す。
二 被控訴人の控訴人に対する本訴請求を棄却する。
三 被控訴人は控訴人に対し、控訴人から被控訴人に対する別紙物件目録(三)(四)(五)記載の土地の昭和五九年一月一一日付譲渡を原因とする所有権移転登記経由及び引渡しと引換えに、別紙物件目録(一)(二)記載の土地を明渡し、かつ昭和五九年一月一日以降右明渡しずみまで一か年五万四〇〇〇円の割合による金員を支払え。
四 控訴人の、その余の反訴請求を棄却する。
五 本訴の訴訟費用(第一、二審とも)及び反訴の訴訟費用は全部被控訴人の負担とする。
六 この判決の主文三項は、控訴人において金七〇〇万円の担保を提供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一 申立
一 昭和五二年(ネ)第一五六号事件関係
(控訴人)
1 主文一、二項と同旨
2 訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。
(被控訴人)
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
二 昭和五八年(ネ)第三一六号事件関係
(控訴人)
1 主位的請求
被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録(一)(二)記載の土地を明渡し、かつ昭和四七年一月一日以降明渡ずみまで一か年五万四〇〇〇円の割合による金員を支払え。
2 予備的請求
被控訴人は控訴人に対し、控訴人から別紙物件目録(三)記載の土地の譲渡を受けるのと引換えに、同物件目録(一)(二)記載の土地を明渡し、かつ昭和四七年一月一日から明渡ずみまで一か年五万四〇〇〇円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
(被控訴人)
控訴人の反訴請求を棄却する。
反訴費用は控訴人の負担とする。
第二 主張
イ 昭和五二年(ネ)第一五六号事件関係
(被控訴人の請求原因)
一 控訴人は別紙物件目録(一)(二)記載の本件塩田の所有者であり、同土地は通称を明治浜塩田という塩田の一部(そのうち最も北側にある)であつた。
二 被控訴人は本件塩田を塩田として昭和四六年一二月末日まで使用収益していた。
三 被控訴人が有する本件塩田の使用収益権(塩田小作権)の内容は香川県下の慣行により次のとおりとなつている。
1 塩田所有権とは別個独立の財産権的価値を有しており塩田の価格の六割相当の価格により売買、担保の対象となり、その場合塩田の土地所有者(以下、塩田地主と略称)の承諾を要しない。
2 相続の対象ともなり、塩田小作人が死亡すれば、当然その相続人が塩田小作権を相続承継し、その場合相続税が課せられ、当該塩田の価格の六割を塩田小作権の価格と査定して課税される。
3 塩田の土地所有権が第三者に移転した場合においても、塩田小作人は塩田小作権を新地主に対抗することができる。
4 塩田の土地所有権(いわゆる底土権)、塩田小作権(いわゆる甘土権)の価格の割合は、大体四対六とされており、地方公共団体が塩田を公共用地にするため買収するような場合、その買収代金の約六割が塩田小作人に交付される。
5 塩田地主、塩田小作人間の合意により塩田を廃止する場合には、塩田地主は塩田小作人に対し、塩田全面積の六割相当部分を現物で譲渡するか、または六割相当分にみあう金額を交付する。
6 塩田の改修、維持、管理は、すべて塩田小作人の負担において、塩田小作人が自ら行うのであつて、塩田地主は小作料(地代)を徴収する権能を有するにとどまる。
7 右の小作権の内容については、香川県下において法的確信となり、一の法規範を形成しているものであつて、すでに慣習法となつているものである(なお高松高裁昭和三一年六月二日判決、下民集七巻六号一四五四頁以下参照)。
8 仮にそうでないとしても、塩田地主、塩田小作人間においては、小作権を右のとおりの内容のものとしてとらえる慣行となつているのであつて、右は事実たる慣習となつている。
四 被控訴人は本件塩田の塩田小作権を代々相続し、本件塩田で永年にわたり塩田業を営んできたものであるが、政府の塩業政策が変更されたことにより、昭和四六年末限りで本件塩田も廃止されることとなり、以後本件土地は塩田としては使用されなくなつた。
五 しかし、このことにより、控訴人・被控訴人間の本件土地に対する小作契約関係が当然に消滅する理由はない。
政府の塩業政策の転換により、強制的に塩業を廃止させられるに至つた事例はかつてなかつたところであるが、塩田が公共事業のため強制的に収用(買収)され、塩業を廃止させられるに至つた事例は過去に数多くあり、その場合にはいずれも塩田を地主四割、塩田小作人六割の割合で分割するか、またはこの比率で分割したのと同等の結果になるように処理され、しかも当事者間のみならず地方公共団体、税務署などの官公庁でも、塩田小作権の権能としてかかる取扱いが是認されてきているのであるから、このような場合と同様の取扱いを、本件のごとき塩業強制廃止の場合にもおよぼすことは一向に差支えなく、また道理にもかなつている。
仮に本件のごとき塩業強制廃止の場合に、塩田小作人の塩田に対する権能をまつたく認めないものとするならば、塩田地主に不当な利益を許す反面、塩田小作人には不当な不利益を課することとなり著しく公正に反する結果となる。
前記のように従来塩田小作権を解消して制限のない完全な所有権を回復するには、塩田地主は塩田小作人に対して、塩田そのものの六割もしくはそれに相当する対価を支払つているのであつて、そのような慣習法が存在しているからこそ、塩田小作人は巨大な資金を投じて塩田小作権を購い、また官公庁も含む第三者も、そのように財産的価値の高いものとして塩田小作権を観念してきているのである。
例えば、高松税務署長も「塩田の借地権は、塩業整備にともない直ちに消滅するものではなく、その返還にあたつては、その買戻の対価としての立退料が支払われるのが通常である」旨を説示している。
六 したがつて被控訴人は本件土地につき、なお塩田小作権を有しているものである。
しかるに控訴人は被控訴人の本件塩田小作権が消滅した旨主張して抗争するので被控訴人は主位的請求として、控訴人との間に被控訴人が本件塩田につき塩田小作権があることの確認を求める。
七 仮に前記の塩業廃止により、本件土地を塩田として使用することができなくなつたため、被控訴人の有する塩田小作権が、本件土地を塩田として使用収益していた当時とその内容を異にしているとするならば、前記の慣習法ないし事実たる慣習にもとづき、塩田廃止と同時に、右塩田小作権が本件土地に対する一〇分の六の共有持分権に転化したもの、あるいは、被控訴人が塩田小作権を有することにより本件土地に対して有していた一〇分の六の共有持分権が顕在化したものというべきである。
しかるに控訴人はこれを争つている。
八 よつて、被控訴人は第一次予備的請求として控訴人との間に、本件土地につき被控訴人が一〇分の六の共有持分権を有することの確認を求める。
九 仮に被控訴人の本件土地に対する塩田小作権が、塩田廃止にともない、法律上当然に消滅したものとするならば、政府の塩業政策の転換という、当事者双方に何らかかわり合いのない社会事象の変遷によつて、被控訴人はそれまで本件土地の所有権の六割に相当する財産的価値あるものと観念され、取引されてきた多大の財産的価値を有する塩田小作権を喪失し、控訴人は、何らの出捐もすることなく右塩田小作権を無償で取得することとなる。
一〇 被控訴人は本件塩田での塩業廃止にともない、塩業の整備および近代化の促進に関する臨時措置法(昭和四六年四月一六日法律第四七号以下塩業整備法と略称)にもとづき、日本専売公社から塩業整備交付金(同法三条)の交付を受けたが、右交付金は製塩施設の廃止による減価をうめるための費用、退職金を支払うための費用、転廃業を助成するための費用の合計額とされており(同法四条)、塩田小作権の喪失を補償するものではない。
一一 よつて、被控訴人は第二次予備的請求として控訴人に対し、控訴人が不当に利得した本件塩田の塩田小作権すなわち本件土地の六割の共有持分権の返還として、本件土地につい一〇分の六の共有持分権を被控訴人に譲渡することを求める。
(請求原因に対する控訴人の認否と抗弁)
一 請求原因一、二、四の事実を認め、三、五の事実を否認し、五における被控訴人の主張を争う。
請求原因六、七のうち、控訴人が被控訴人主張のとおり塩田小作権の存在や共有持分権を争うことは認めるが、その余の事実を否認する。請求原因九の事実及び主張を認めない。同一〇のうち被控訴人が本件塩田の廃止にともなう補償金を受領したことは認めるが、その補償金の趣旨に関する被控訴人の主張を認めない。
二 塩田地主、塩田小作人という、昔の地主、小作の搾取を想わせるような言葉が依然慣用語として用いられているがこれは実情に則しない。塩田小作人とは地主より塩田を賃料で借受け、自らの損益においてかん水を製造しこれを日本専売公社に売却する業を営んでいた経営者であつて、いわばかん水製造販売工場の事業主体であり営業主である。従つて小作なる表現はその用法からは妥当ではないし、経営者であるから塩田の諸設備の改修、維持、管理その他塩田経営一切の費用を投資し負担するのは当然であつて、塩業廃止すなわち事業廃止によつては塩田小作契約は消滅しないとする被控訴人の主張は失当である。
三 被控訴人が引用する高松高裁判決は、塩田がその機能を失わず塩田として利用できる状況下にこれを廃止する場合の塩田賃貸借契約解除についての説示であつて、本件のように塩業整備法の施行にともない本件土地をもはや何人も塩田として使用することができなくなつた場合とは事案を異にするので、本件には適合しないし、また右判決は塩田には所有権(底土権)と塩田小作権(甘土権)とがあり、この塩田小作権なる賃借権が特殊の債権であることを説示してはいるが決してそれが潜在的な共有持分権であると認定しているものではない。判示の価格割合が四対六とあるのは、所有権と賃借権のそれぞれの価格の割合を示しているものであつて、潜在的共有持分権の割合を示すものではない。
四 甲四九号証の安達浜塩田に関する和解については、この和解は塩田整備法施行にともない何人も塩田として使用することができなくなつた塩田跡地に関して成立したものであるが、この和解が行われるに至つた事情は、この塩田跡地につき地主と小作人一九名との係争中、地主において丸亀市より市の開発用地とするため譲渡を求められていたところ、当該塩田跡地は甚だ広大でこれを一括売却が困難であり丸亀市は最も好ましい買手であること、裁判の終了までになお多年を要し、それまで買手においては待つていられないこと、地主自身が老齢のため早く市へ売却して一切を解決したい意向を強めたこと、昭和四九年中に売買契約を締結すれば税法上有利であつたことを考慮し急ぎ争をやめて小作人との関係を除き、市に土地を売却する方針をかため、その方法として年末和解を行つたものである。このため和解条項に「塩田上土権」なる意味不鮮明な用語を用い、和解によつて紛争の早期解決をはかるため、地主から相当な金員交付の譲歩を行つたものであり、その金額は売買代金総額の四割を超えるような多額でなかつた。したがつて、右和解成立があつても、被控訴人主張のような塩田小作権に関する慣行があることを証明するものではない。
五 塩業整備法施行にともない本件土地での塩業が許されなくなつた際、その地主である控訴人には何らの補償もなされなかつたが、塩田小作人の被控訴人には塩田廃止にともなう相当多額の補償金が支払われているのであつて、被控訴人主張のようにこの塩田廃止処置が塩田小作人に不当な不利益を課するものではない。
六 抗弁(一)
本件土地についての控訴人と被控訴人の塩田賃貸借契約は昭和四六年一二月末日の経過をもつて消滅した。すなわち
1 塩田小作契約は底地の所有者が塩田として使用収益をさせる債務を負い小作人はこれに賃料を支払う賃貸借契約であるが、借主が塩専売法による日本専売公社の塩、かん水製造の許可を有することを必要とし、無許可者は塩田を経営することは許されない。このことから塩田小作契約は借主において右公社の許可を有する限り有効であり、もし右許可を受けられなくなれば解消するという解除条件付契約であると理解され、無資格者は塩田を使用収益することができるものでない。
2 本件塩田の小作人すなわち借主であつた被控訴人は、昭和四六年四月一六日公布施行の塩業整備法によつて、同年一二月末までにかん水製造の廃止許可を受け、許可を返上して無資格者となつた(この塩業の廃止が国の政策上やむを得ず行つたものであるとしても、かん水製造をなし得る資格を喪失した事実には変わりはない)から、前記解除条件の成就によつて、本件塩田小作契約は同年一二月末日の経過をもつて効力を失い、塩田小作権なる塩田の賃借権は消滅した。
3 仮に、本件塩田小作契約が前記解除条件つきでないとしても、塩業整備法の施行によつて、製塩業者は統廃合され、何人も本件塩田を塩田として使用収益できなくなつたから、貸主である控訴人の責に帰すべきでない事由によりその提供債務が履行不能に陥つた場合に該当するので、借主である被控訴人の本件塩田賃借権は右履行不能に陥つた昭和四六年一二月末日の経過をもつて消滅した。
4 なお、甲四八号証の一ないし四のとおり、塩業整備法施行にともなう本件塩田でのかん水製造廃止後の昭和四七年三月頃四国電力が高圧送電線用鉄塔建設の敷地買収のため製塩継続中と全く同じく塩田小作権及び線下補償として被控訴人らに五割にあたる金員を、直接に支払つた際、控訴人から何らの異議がなかつたからといつて、塩業廃止により小作契約が当然には消滅しないと解するのは早計であつて、この敷地の買収交渉は昭和四六年のかん水製造廃止前すでに控訴人代表者の先代津島太郎と電力会社間に決定せられていたところ、右先代が昭和四七年一月死亡したためその後において登記代金支払等の手続が完了したのであつて、右支払等の時期には被控訴人らがたまたまかん水製造を廃止していた時であつたが、小作人側が直接電力会社と交渉しているもので電力会社よりいくら貰おうとそれは控訴人と無関係であるとの観点からあえて介入しなかつたに過ぎない。
七 抗弁(二)
仮に、抗弁(一)が認められないとしても、控訴人と被控訴人間の本件土地賃貸借契約は解約により消滅した。すなわち
1 本件土地は塩業整備法の施行にともない何人も塩田として使用収益することができなくなつたことにより、賃貸借の目的が消滅したので、控訴人はこれを理由として、昭和五一年一一月二四日原審口頭弁論期日において被控訴人に対し右賃貸借契約を解約する旨の意思表示をした。
2 塩田小作権は、かん水製造の許可がある場合に限り、被控訴人引用の高松高裁判決が説示する特殊な賃借権として社会的に存在理由があるが、無許可無資格の塩田小作権なる賃借権は社会的に存在する余地がない。
3 仮に、被控訴人の前記かん水製造販売廃止後既に一〇以上が経過した当審第六回口頭弁論期日である昭和五八年一〇月一一日現在においても、なお本件土地につき塩田小作契約が存続していると解される場合には、控訴人は同日の当審第六回口頭弁論期日に被控訴人に対し、前記土地賃貸借解約の意思表示の正当事由の補強として、別紙物件目録(三)の土地を被控訴人に提供する旨意思表示し、仮に右(三)の土地だけでは解約の正当事由の補強として不足である場合には、(三)の土地のほか、最大限、同目録(四)(五)の土地も被控訴人に提供する準備を了している旨告知した。
(抗弁に対する被控訴人の認否)
抗弁(一)(二)をすべて認めない。
ロ 昭和五八年(ネ)第三一六号事件関係
(控訴人の反訴請求原因)
一 主位的請求について
1 別紙物件目録(一)(二)の土地明渡を求めることの請求原因は前記イ昭和五二年(ネ)第一五六号事件関係において控訴人が主張した抗弁(一)及び抗弁(二)1、2と同じである。
2 金員請求の点について
控訴人は被控訴人に別紙物件目録(一)(二)記載の本件塩田を賃料年額五万四〇〇〇円の約定で賃貸していたところ、この賃貸借契約は昭和四六年一二月末日の経過をもつて消滅したので、控訴人は被控訴人に対し、右契約消滅の日の翌日から本件土地明渡ずみまで、賃料相当額の損害金を請求する。
仮に、右契約の消滅が認められないとしても、この賃貸借契約は昭和五一年一一月二四日の解約により終了したので、被控訴人に対し、昭和四七年一月一日から同五一年一月二四日までの約定賃料と同五一年一月二五日から本件土地明渡ずみまでの賃料額相当の損害金を請求する。
二 予備的請求について
1 別紙物件目録(三)の土地譲渡と引換えに、同目録(一)(二)の土地明渡を求めることの請求原因は、前記イ昭和五二年(ネ)第一五六号事件関係において主張した抗弁(二)1、3と同一である。
2 金員請求の点について
控訴人は被控訴人に本件塩田を前記一、2のとおりの賃料で賃貸していたが、この賃貸借契約は昭和五八年一〇月一一日、解約の効力発生により終了したので、被控訴人に対し昭和四七年一月一日から同五八年一〇月一一日までの約定賃料及び同五八年一〇月一二日から本件土地明渡までの賃料相当額の損害金を請求する。
(反訴請求原因に対する被控訴人の答弁及び主張)
本件土地が控訴人の所有であり、その塩田小作契約の約定賃料額が控訴人主張のとおりであることは認めるが、この塩田小作契約が消滅ないし終了したとの主張は認めない。
被控訴人は控訴人に昭和四七年一月一日以降もその約定賃料を供託して正当に支払つている。
第三 証拠関係<省略>
理由
第一昭和五二年(ネ)第一五六号事件関係
一請求原因一、二、四の事実は当事者間に争いがなく、本件当事者間の本件土地賃貸借の法律的性質に関する当裁判所の事実認定と判断は原判決の理由第二の一1説示のとおりであるからそれを引用する。
二当裁判所は原審で提出された証拠に当審で追加された証拠を総合検討した結果、抗弁(一)は理由がないと判断するが、その理由は原判決の理由第二の一、2説示のとおりであるからそれを引用し、後記説明を付加する。但し、原判決一六枚目裏二行目の「によれば」を「、成立に争いがない甲四八号証の一ないし四、四九号証、当審における控訴人代表者、被控訴人各本人尋問の結果を総合すると」と改め、原判決一八枚目表三行目の「三月頃」を「二月二八日ころ」と改め、同八行目の「三六〇万円が」を「約三二五万六〇〇〇円が同年六月二日ころ」と改める。
本件塩田小作契約の土地使用目的が製塩用かん水の製造であることは被控訴人の明らかに争わないところであり、原審当審における被控訴本人尋問の結果によると、被控訴人は他の同業者と同じく、日本専売公社からのかん水製造の許可を受けていたが、塩業整備法の施行に伴ない昭和四六年一二月末日をもつて、右許可を返上したこと、しかし右許可を返上したのは、同法律にもとづき、かん水製造業廃止にもとづく補償金を受取るためであり、これによつてかん水の製造行為が違法となるものではないが、その製造したかん水の譲渡が禁止されたことにより、爾後、かん水を製造するとしても、郷土民俗塩業の資料ないし観光用施設ぐらいにしか利用できなくなつたことが認められ、他に右認定を動かすべき証拠はない。したがつて、専売公社からかん水製造の許可を受けていない者のかん水製造行為が違法であることを前提として、本件塩田小作契約が右許可の消滅を解除条件とするものであるとの控訴人の主張は採用できない。また、前記法律の施行後においても、被控訴人を含む何人も本件土地をかん水製造に使用しても違法ではなく土地は塩田にしか使えないというものでないから、地主である控訴人の土地提供債務が履行不能になつたものでないので、この債務の履行不能を前提とする控訴人の主張は採用できない。
三そこで抗弁(二)につき検討する。
(一) 控訴人が昭和五一年一一月二四日の原審第一七回口頭弁論期日において、被控訴人に対し、本件土地小作契約を塩田としての土地使用目的が消滅したことを理由として解約する旨の意思表示を行つたことは原審記録中の右口頭弁論調書によつて明らかであり、控訴人が被控訴人に対し本件塩田小作契約解約の代償として、昭和五八年一月一〇日の当審調停期日において、別紙(三)(四)(五)の土地ないしその周辺の塩田跡地の四五〇坪を提供すると申出たこと及びその後の同五八年一〇月一一日の当審第六回口頭弁論期日において、この小作契約解除の正当事由の補強として、別紙物件目録(三)の土地を提供する旨、右土地だけでは不十分の場合には同目録(四)(五)の土地も(三)の土地に追加して提供する旨意思表示したことは当裁判所に顕著である。
(二) <証拠>によると、次の事実が認められる。
1 本件塩田を含む香川県坂出地方の塩田は二〇〇余年前の高松藩制時代に同藩によつて設置され藩の直営で製塩業が営まれていたが、明治維新後、廃藩に伴ない国有となつた後、明治二〇年ころまでに民間に払下げられて、底地所有の地主と上土(甘土)権と称する小作権をもつ小作人間の小作関係ができ、明治三八年塩専売法施行から昭和四六年末の塩田廃止まで、小作人が同土地を塩田として専用し、昭和二〇年末ころまではかん水製造とそのかん水を釜で煮上げる方法での製塩業を行い、昭和二一年ころから四六年末の塩田廃止までは同土地でかん水製造のみを行ない、そのかん水は被控訴人を含む小作人らが共同設立した日本化学塩業株式会社へ売却し、同会社が製塩して、その塩を専売公社へ納入していた。
2 本件土地は控訴人が大正八年八月、前所有者津島正己から売買により取得したが、取得価額は分らない。
また被控訴人の本件塩田小作権はその先先代の洲崎栄助が前小作人から明治二〇年すぎに譲受けたと聞いているが、その譲受代金額は不明である。
本件塩田と同じ明治浜塩田の一部で、本件塩田から南へ四半戸前目にあつた塩田の小作人である訴外溝渕繁一(原審相原告、当審調停成立前の相被控訴人)は、その小作権(半戸前、塩田の面積約七反)を同人の父甚太郎が大正一一年ころ約一〇〇円で買受けたと甚太郎から聞いている。その余の明治浜塩田で半戸前ずつ小作していた原審相原告(当審和解前の相被控訴人)四人の各小作権はその先先代ないし先代が今次大戦前に前小作人から譲渡を受けたものであるが、その時期や譲受代金額は不明である。
3 昭和三一年ころ、明治浜塩田のうち本件塩田の北側にあつた二戸前の塩田(一戸前の面積約一町四反歩)が、坂出市の港湾改修用地として買収されたが、その売買代金の約六割を地主、約四割を小作人が話合いのうえ配分した。
4 被控訴人(但し昭和四二年までは父の喜八)は昭和三二年ころ本件塩田を従来の入浜式から流下式に改造し、その後、塩田が廃止された昭和四六年末までに、右改造費を含め本件塩田の維持管理費用に合計三八〇万円余を支払つた。そのうち本件土地に付合している工作物として、流下盤(従来の塩田の表面に厚さ約二〇センチメートルの粘土を敷きつめたもの)に約二〇〇万円を要し、その余は地上施設の枝条架、かん水汲上用ポンプ、その小屋の設置のための支出が主たる費用であつた。右経費の大半は塩業整備法にもとづき、昭和四七年ころ国から被控訴人へ廃業補償金として補てんされた。本件土地上の右施設及びかん水溜の建物部分は塩田廃止後、被控訴人が木造施設を解体し、ポンプ等機械類を撤去した。この施設撤去費は前記法律にもとづき被控訴人へ支払われた。
5 被控訴人は塩田廃止が近ずいた昭和四六年二月ころ控訴人代表者津島英昭に、塩田廃止後、本件土地で養鰻業を始めたい旨申込み、一旦その内諾を得たが、塩田廃止後これを拒否され、土地の返還を催告された。そのころ控訴人は、被控訴人を含む明治浜塩田の小作人六名に対し、塩田返還の代償として一人当り塩田三〇〇坪及び金員五〇万円を提供すると申入れたが、被控訴人らは受け入れず、本件訴訟を提起した。
6 被控訴人(大正一〇年六月生)は一二歳から通算一二年間父喜八の塩田小作業を手伝い、昭和四二年ころ喜八から本件塩田の小作権を譲受けて同四六年末まで塩業に従事したが、その前後は洋服の仕立販売業を営み現在に至つた。
昭和四六年ころにおける本件塩田の地代は年額五万四〇〇〇円で、被控訴人は塩田廃止後の昭和四七年分以降弁済供託している。
7 明治浜塩田から西へ数キロメートル離れた香川県綾歌郡宇多津町にあつた安達浜塩田(面積二〇町余)も、塩業整備法の施行に伴ない昭和四六年末に塩田が廃止された。この塩田は本件塩田を含む明治浜塩田より塩(かん水)製造能力が優れたものであつた。安達浜塩田で、昭和一五年ころ以降行われた塩田小作権の譲渡価額をみると、次のとおりである。
(1) 昭和一五年一二月、安達浜塩田三番一戸前(塩田の面積約一町五反)が一万六四〇〇円で売買譲渡された。
(2) 昭和二六年六月、同塩田一番の北半戸前(半戸前の面積は約七反五畝。安達浜塩田につき以下同じ)が一三〇万円で、同三一年五月、五番浜北半戸前が代金二二四万円で、同三九年三月に八番南半戸前が五八〇万円で、同番北半戸前が六二〇万円で、同年六月、二番北半戸前が六二〇万円で、それぞれ売買譲渡された。
(3) 昭和四六年末に右塩田が廃止された後、間もなく地主の訴外岩瀬純一から同塩田の小作人全員に対して塩業廃止による小作契約の消滅を理由とする土地明渡訴訟が高松地方裁判所丸亀支部に提起されたが、昭和四九年一二月一七日、地主と小作人一九人との間に、地主が小作人らの有する塩田上土権(小作権)を公簿面積により一平方メートル当り三五〇〇円で買受けることを骨子とする裁判上の和解が成立し、右代金合計七億一二四〇万四〇〇〇円が翌五〇年三月一五日までに支払われた。この和解金額と同じ算定方法で本件塩田の面積二〇四二坪に相当する塩田小作権の譲渡代金を計算すると二三五八万五一〇〇円となる。
8 坂出市の金山塩田も昭和四六年末に廃止されたが、その地主(金山塩田株式会社)と小作人九人との間に、昭和五一年七月ころまでに、その土地と地主の所有権と小作人らの塩田小作権を同一価額と評価し、土地をその評価額の割合により分配する協議が進められてきたが、この塩田の場合は小作人全員が右会社の株主であり、その小作人らの株式合計は小作人以外の株主の総株式数より多いところ、その後、具体的な土地配分の合意が成立したのかどうかその塩田の小作権の評価額は明らかでない。
9 当審における和解(調停)において、控訴人から被控訴人及び高木繁(調停成立前の相被控訴人)に対し、坂出市昭和町七〇二番二塩田三二平方メートル、同所七〇三番三、塩田一四五五平方メートル、同所七〇三番四、塩田一四八七平方メートル(この土地三筆の面積合計九〇〇坪。その位置形状は別紙図面記載のとおり)を譲渡する(被控訴人と高木との持分各二分の一)こととして、その各小作権を消滅させ、その小作にかかる本件土地を含む明治浜塩田の各半戸前(面積約七反)を控訴人へ返還する話合が大体成立し、これにもとづき控訴人は昭和五八年八月上旬までにその旨の分筆登記を経由し、右土地三筆に設定されていた抵当権を抹消したところ、その後、被控訴人が和解に応じない意向を表明したため、高木と控訴人間において、昭和五八年九月二四日、控訴人から高木へ七〇三番四、塩田四五〇坪を譲渡するのと引換えに、その半戸前(約七反)の塩田小作権を解約し、即日、高木は控訴人へその塩田を返還した。
右七〇三番三、四の塩田約六九〇坪の大半は香川中央都市計画道路御供所林田線(道路の幅員五〇メートル)の道路敷地に予定され、既にその買収のための香川県土木事務所による現地測量(杭打)が行われており、昭和五九年度にも地権者に対し買収交渉が行われる状勢にあり、その買収価格は右両土地に設定されている高圧送電線下用地役権を考慮しても一平方メートルの単価が一万五〇〇〇円(坪当り四万九五〇〇円)を下らないものとみられる。また別紙目録(五)の土地九坪と、同目録(三)(四)の土地のうち前記道路敷地予定地以外の部分数坪の取引価額もそれが道路脇にあり、住宅地ともさして遠くないことにかんがみ、坪当り五万円を下らないものとみられる。
以上のとおり認められ、他に右認定(一部推認を含む。)を動かすべき証拠はない。
(三) 右(一)、(二)の事実を総合すると、本件土地における被控訴人の小作権の評価額は、塩田廃止後、安達浜塩田の小作権が昭和五一年に地主に売買譲渡されたときの価額と比較し諸般の事情からその約九割にあたる二一五〇万円を超えないものと認めるのが相当であるところ、控訴人が右小作権の評価額を超える取引価格をもつ別紙目録(三)、(四)、(五)の塩田、合計面積四五〇坪を被控訴人に提供することによつて、本件塩田小作契約解除の正当性が具備されたものとみるのが相当である。けだし、被控訴人が本件塩田小作権の適正評価額相当の金員ないし土地の提供を受ければ、それで不足、不十分とみるべき理由はないし、また被控訴人が本件塩田小作契約を存続させるとすれば、この土地を民俗参考資料または観光施設であるかん水製造塩田として使用するほかなく被控訴人が左様な経済的に成算がない右事業を始める意図がないことは被控訴人が当審における本人尋問で自認するところであるから、地主が小作権の適正評価額相当の対価を支払うことにより、本件小作契約を解除することを不当違法とみるべき事由がないからである。
(四) 控訴人が昭和五八年一〇月一一日当審第六回口頭弁論期日において、既に控訴人がなしていた本件小作契約解除の補強として既に調停期日で申出ていた範囲内で代償土地の提供を申出たことは記録上明らかであるところ、控訴人の右の代償土地提供の申出は、その申出た土地の範囲内で、裁判所の決定する面積区域の土地を提供する趣旨をも包含するものと解されるから、控訴人が前記昭和五八年一〇月一一日になした代償土地提供の申出により控訴人の本件土地小作契約解除の意思表示は効力を生じたといわねばならない。ただ民法六一七条によれば期限の定めがない土地賃貸借契約はその解約申入れ後一年経過して賃貸借契約が終了することとなつているところ、控訴人の右補強条件の提供は昭和五八年一〇月一一日に初めてなされたものでなく昭和五八年一月一〇日に開かれた調停期日以来その提供がなされていることが記録上明らかであるから、それから一年後の昭和五九年一月一〇日の経過をもつて賃貸借契約は終了し、本件土地賃貸借契約は消滅したものといわねばならない。
(五) したがつて、控訴人の抗弁(二)は、控訴人から被控訴人に対する別紙物件目録(三)(四)(五)の土地の前記小作契約消滅の日である昭和五九年一月一一日付譲渡との引換えの限度で理由がある。
四本件塩田小作契約が塩業整備法の施行に伴なう塩田廃止によつて消滅するものでないことは、抗弁(一)に対する判断で説示したとおりであるし、控訴人が右塩田廃止により不当な利益を得たことを肯認すべき証拠がないので、被控訴人の予備的請求はすべて理由がない。
五よつて、被控訴人の本件請求は理由がないのでこれを棄却すべく、右と異なる原判決中の控訴人と被控訴人関係部分は失当であるから、控訴人の本件控訴にもとづきこれを取り消し、被控訴人の本件請求を棄却する。
第二昭和五八年(ネ)第三一六号事件関係
一別紙目録(一)(二)記載の本件土地が控訴人の所有であり、被控訴人が本件土地を占有し、昭和四六年一二月末日まで本件土地を塩田として使用していたこと、昭和四六年ころ被控訴人が塩田使用の代価として控訴人に年額五万四〇〇〇円を支払つていたことは当事者間に争いがない。
二本件土地明渡の請求原因のうち、本件塩田小作契約が貸主の責に帰すべきでない事由により履行不能となつたとか、被控訴人がかん水製造許可を得られなくなつたことにより、昭和四六年一二月末日の経過をもつて消滅したとの控訴人の各主張には理由がないが、本件塩田小作契約が控訴人からの契約解除の意思表示により消滅したとの主張は、控訴人から被控訴人に対する別紙物件目録(三)(四)(五)の土地の昭和五九年一月一一日付譲渡をもつて、解約の正当事由が具備することにより、昭和五九年一月一〇日の経過に伴ない、本件塩田小作契約が消滅した限度で理由があることは本判決理由の第一の一ないし三で判断したとおりである。
三<証拠>を総合すると、被控訴人は控訴人に対し、昭和四七年から同五八年までの本件塩田小作料年額五万四〇〇〇円を、毎年末日までに当年分を弁済供託していることが認められるので、この期間中は被控訴人に債務不履行はなく控訴人の本件金員請求のうち、昭和五八年末日までの分は理由がない。
被控訴人は昭和五九年分の右小作料も弁済供託したと主張するが、その供託を肯認すべき証拠がないので、被控訴人は控訴人に対し昭和五九年一月一日から本件塩田小作契約が消滅した日の前日である同年一月一〇日までは一年あたり五万四〇〇〇円の割合による約定賃料及び同年一月一一日以降、本件土地明渡ずみまでは右賃料相当の損害金を支払うべき義務がある。
四よつて、控訴人の本件反訴請求は、被控訴人に対する別紙物件目録(三)(四)(五)の土地の昭和五九年一月一一日付譲渡を原因とする所有権移転登記経由及び占有移転(引渡)を引換えとする本件土地の明渡し及び昭和五九年一月一日から本件土地の明渡ずみまでの一年につき金五万四〇〇〇円の割合による金員支払いを求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとする。
第三さらに、訴訟費用の負担につき民訴法九六条前段、九五条本文、八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(菊地博 滝口功 渡邊貢)
物件目録
(一) 坂出市昭和町一丁目六九六番、六九七番、六九八番、六九九番、七〇〇番、七〇一番
一 塩田 六五六五平方メートル
(二) 同所七〇二番二、塩田三一四平方メートルのうち北側の、昭和五八年五月二四日分筆登記経由前の旧表示同所七〇二番、塩田三四七平方メートルの北側半分相当部分
(三) 坂出市昭和町一丁目七〇三番三、塩田一四五五平方メートル(控訴人所有)のうち別紙図面ABCDAの各地点を順次結ぶ直線により囲まれた土地661.16平方メートル
(四) 坂出市昭和町一丁目七〇三番三、塩田一四五五平方メートル(控訴人所有)のうち別紙図面CDEFGHCの各地点を順次結ぶ直線で囲まれた土地794.0992平方メートル
(五) 坂出市昭和町一丁目七〇二番二
一 塩田 三二平方メートル(実測32.3604平方メートル)